アディダス、ナイキ、アシックス、プーマ・・・。一般的に有名なメーカーはこのあたりでしょうか?
フットサルシューズを提供しているメーカーには、フットサルならではのメーカーもあったりします。
メーカーのの歴史などを調べてみました。
メーカー紹介と解説
- agla(アグラ)
- 1917年より自国イタリアで、シューズ&ボールのブランドとしてスタート。
イタリアでは欠かせない高級メーカーで、フットサル選手の大半がシューズを愛用、14チーム中10チームがボールを使用している。
レッジーナにはFIFA公認球を提供。国内外を問わず認知度急上昇のブランド。
- アシックス
- 1949年に創業したオニツカから始まる。「スポーツを通じて青少年の健全な育成を」という理念のもと、創業当時から「スポーツシューズの専門メーカー」であることにこだわり、斬新なアイデアや画期的な技術を次々と投入していく。戦争の痛手から立ち直り、人々がスポーツの楽しみを実感しはじめた時、その足元には「オニツカ」のシューズが輝いていた…。
- ATHLETA(アスレタ)
- 1902年ブラジルサンパウロ市、ブーガレリー族が創業したマリャリーアサンタイザベル社をルーツとするスポーツウェアブランド。
1935年頃、ジウゼッペ・カルロ・ブーガレリー氏により本格的なサッカーブランドとなり、サッカーブラジル代表をはじめ、南米各国の有名チームのユニフォーム・サプライヤーとしての活動を開始。
ロゴに付いている、3ツ星マークは1958年・1962年・1970年のセレソンのワールドカップ優勝を表し、この三度の優勝時もアスレタのユニフォームを着用していました。
1980年代に入りブラジル国内の政治的、経済的事情により会社を縮小し1984年には活動を休止。
その後1995年にアスレタの日本生産・テスト販売が開始されると、2000年に「アスレタ株式会社」が設立。
2003年には、旧マリャリーア・サンタイザベル社(ブラジル)との永年ライセンス契約を結び、その事によって、20年ぶりにマリャリーア・サンタイザベル社が復活、そして、アスレタのブラジル生産も復活しました。
- アディダス
- 1920年、ルドルフ・ダスラー(兄)とアドルフ・ダスラー(弟)が「ダスラー兄弟商会」という靴製造会社を設立し、室内用のシューズを作りはじめたのが、現在のアディダスの前身である。1924年、スポーツシューズ製造工場を建て、体育館用シューズを本格的に作り始めた。その後、1925年に6本の固定スパイク付きランニングシューズ、1929年に世界初釘止めスタッド付きサッカーシューズを完成させ、次々と画期的なシューズを開発していく。ダスラー兄弟は、世界的なスポーツの祭典オリンピックに目を向け、数多く選手たちと語り合い、シューズの品質・安定性を追求していった。「ダスラー兄弟商会」は飛躍的に成長していくが、世界恐慌、第二次世界大戦勃発と激動の時代を駆け巡る。 第二次世界大戦終結から3年後の1948年、アドルフ・ダスラー(弟)は47名のスタッフとともにヘルツォーゲンアウラッハにアディダス社を設立する。現在のトレードマークとなっている3本線もこの頃から使われる。アディダスは、オリンピック、ワールドカップを最高の舞台として考えた。それは自社ブランドのPRではなく、一流の選手同士が真剣勝負する舞台だからこそ、自分たちの作ってきたシューズを試す最高の場だったのだ。そして、選手たちの熱い思いに応えるべく、貪欲に製品技術向上を目指し、改良を重ねていった。このアドルフ・ダスラーのシューズにかける情熱と積み重ねてきた努力が、おのずとアディダスを世界のブランドに伸し上げた。
- UMBRO(アンブロ)
- 1924年、イングランドでハロルド・C・ハンフリーズが設立したスポーツウェアメーカー。
イングランド代表の公式ユニフォームなど、サッカーウェア・シューズを手掛ける。
1998年、日本のスポーツウェアメーカー「デサント株式会社」が日本における商標権を取得、販売している。
- uhlsport(ウールシュポルト)
- ドイツ発のスポーツブランド。日本には1988年よりブランド展開。ゴールキーパーのクラブでの圧倒的な評価がある。2002年からは、関東フットサルリーグのオフィシャルスポンサード。フットサルには欠かせないブランド言える。
- Kappa(カッパ)
- ギリシャ文字の「K」 を「カッパ」と呼ぶ。これは古代シナイ文字が起源と言われており、「K」は上に向けられた手のひらを表現したと言われている。 まるで勝利を祝うような力強いポーズがスポーツの象徴として最適であるということからブランド名に「勝利」の意味を込めて 「Kappa」と名付けられた。また、ロゴマークである「背中合わせの男女」は人間の原点である「アダムとイブ」を表している。 それは常に原点に立ち戻ってスポーツと人間を考える姿勢を表している。
- Gola(ゴラ)
- 1905年に創立したイギリスのスポーツブランド。 1905年に創立したイギリスのスポーツブランド。元々スポーツの中でもサッカーがメインで、1970年にはイギリスのサッカーリーグ"プレミアリーグ"のマンチェスターユナイテッドのオフィシャルスポンサーとして成功を収めた。
- ミズノ(mizuno)
- 1906年の創業以来、スポーツ振興には特に力を注ぎ、小さなスポーツ大会からオリンピックをはじめとするさまざまな国際大会にいたるまで幅広く協力。
- Dalponte(ダウポンチ)
- ダウポンチ社は、ブラジル リオ グランデ・ド・ス−ル州 ベラノポリスに本社工場があり、1930年にサッカ−ボ−ルを作る工場として開業。 その後バレ−ボ−ル・ハンドボ−ルのボ−ルの製造販売を始め、 1981年に工場を増設してスポ−ツシュ−ズの製造販売に移る。 現在、サッカ−シュ−ズ・インドアシュ−ズ(フットサル)・ランニングシュ−ズ等を製造販売する”メ−カ−”となる。 バネスパ・カルロス・バルボウザ・などの、ブラジル・プロフットサルチ−ムとオフィシャル契約を結んでいます。 ブラジルにおいてはCBFS(ブラジルフットサル協会)を通じて、 2009年までセレソン(ブラジル代表チ−ム)のオフィシャルサプライヤ−になっています。 ダウポンチ社の名前の由来:レオニウド・フォルツナト・ダウ・ポンチ社長の名前から名づけられました
- ディアドラ・ジャパン
- 1948年、イタリアに設立されたシューズ会社「DIADORA」。
「DIADORA」の語源は古代ギリシャ語で「神より賜れし至上の贈りもの」という意味。
ロゴマーク(フォークドバッヂ)はデザイナーマルツィオ・ブロンバルが、獲物を捉え大空に舞いあがる鳥のイメージで作成。
1988年、日本のスポーツ用品卸売会社「株式会社ベストワン」が「株式会社ディアドラジャパン」を設立。
ディアドラ・ジャパンは、この3月、久保竜彦とアドバイザリ スタッフ契約を締結。2月、ローマのプリンチペ・トッティに続く、ビッグネームプレーヤーとのアドバイザリスタッフ契約となります。
- desporte(デスポルチ)
- 株式会社ドリブルジャパン
- トッパー(TOPPER)
-
アンデス山脈に舞う鳥の翼を連想させるロゴマークのTOPPER。
そのブランドは、1975年にブラジルで誕生して以来、つねに純粋なスポーツ・スピリットと共に成長を続けてきた。
70年代後半にブラジル屈指のブランドとなったTOPPERは1982年および1986年W杯のセレソン(ブラジル代表)スポンサーとなり、全世界に注目された。
そして1982年セレソンにおいて”黄金のカルテット”と賞賛されたジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾをTOPPERがサポートしていた。
また、コリンチャンス、サンパウロFC、サントスなどブラジルサッカーの発展に寄与し、サッカーとTOPPERは不可分の関係となっていった。
1990年代に入ると、古くからブラジルで親しまれていたストリートサッカー(フットサル)が、世界的に競技として認知されてきた基盤づくりに貢献し、現在ブラジル国内約4,700万人ものフットサル人口に圧倒的な支持を受けるトップブランドともなっている。
- nike(ナイキ)
- オレゴン大学の伝説の陸上コーチ、ビル・バウワーマンと、オレゴン大学でビジネスを専攻し、バウワーマンの元で中距離ランナーとして走ったフィル・ナイトの2人。長く続くことになるそのビジネスパートナーシップは、1962年、ブルー・リボン・スポーツ(BRS)社として始まり、初年度の売り上げ合計は8000ドルでした。1972年、BRSはその社名を、ギリシャ神話の勝利の女神にちなんでNIKE、ナイキと変更。
- PATRICK(パトリック)
- カメイ・スポーツ株式会社が展開するブランド。理念の『技術の前進』をモットーに約1世紀に渡り、こだわりの物造りを 続けております。カジュアルシューズに於いて、その洗練されたカラーリングとクオリ ティの良さが、ファッションに敏感な人に愛され、高く評価されており、業界内にお いても注目のブランドとなっております。また、サッカーシューズに於いてもトッププ レーヤーの要求を満たす商品を提供しており、Jリーグ選手にも使用されています。
- ヒュンメル(hummel)
- デンマークのメーカー。日本では株式会社エスエスケイが契約。1923年創業、スタッド付スパイクを発明した世界で最も古いブランドのひとつです。
「hummel」はドイツ語で「マルハナ蜂」を意味します。理論上飛ぶことの出来ないはずの彼らが
努力を重ねて飛べるようになった逸話からきています。
1979年よりデンマーク代表、80年代のレアル、フェイエノールトのオフィシャルサプライヤー。
信頼に裏打ちされた高品質と、アパレル業界でも注目されている洗練されたデザインは、
世界中で認められています。
自分オリジナルのスタイルを追及するクリエイティブで個性派プレイヤーにピッタリのブランドです。
1892年、西フランスの靴職人「パトリック・ベネトー」が息子達と靴を作り始めたことから「PATRICK」の歴史が始まる。
鮮烈な色使いと洗練されたフォルムはスポーツシューズだけでなくファッション界からも高い評価を得るています。
個性ある独自のセンスとスタイルを表現するプレイヤー向きのブランドです。
- プーマ
- 1920年に、ルドルフ・ダスラー(兄)とアドルフ・ダスラー(弟)が「ダスラー兄弟商会」を設立したのが始まり。後に弟アドルフはアディダス社を設立、兄ルドルフは1948年にルーダ社(RUDA)を設立しました。おそらく設立者のRUDOLF DASSLER(ルドルフ・ダスラー)からきていると思います。そして、翌年にプーマ社(PUMA)に改めました。今となっては、アディダスとプーマの設立者が兄弟っていうのは有名ですね。設立以降、オリンピック、ワールドカップでプーマのシューズは大活躍しました。サッカーの神様ペレは、プーマのスパイクを履きブラジルをワールドカップ優勝に導いています
- FINTA(フィンタ)
- FINTA社は100%ブラジルの企業で、26カ国で商標登録されています。コリンチャンス、バスコ・ダ・ガマ、クルゼイロ、ボタフォゴ、ゴイアス、スポルチなどのようなブラジルサッカーの一流クラブでFINTAの製品が使われ、その強力な販促効果で国内および国際的に認知されています。消費者は、スポーツ製品を品質だけではなくプロ選手が使っているFINTAのブランドで購入製品を選んでいます。このレベルに到達するまでに10年の歳月とそれぞれのスポーツ競技ごとに最適な材料の研究と開発が必要でした。それはFINTAが契約クラブサポートを、プロサッカーのエリアに制限せず、バレー
、 バスケット 、水泳、 運動競技などの分野までもカバーしたからです。今後もブラジルのFINTAは国内と世界に強いマーケットを築き、“積極的な”FINTAを維持し続けるために力強く成長しゴールを目指していきます。
株式会社キャビックは FINTA のアジアエリアの総代理店企業です。
- PENALTY(ペナルティ)
- 1970年、ブラジル・サンパウロで設立。
- lecoq(ルコック)
- ルコックは1882年フランスのロミリー・シェルセーヌで誕生しました。 創始者はエミュール・カミュゼ。 スタートは競技用ランニングシャツを主力としたメリヤス衣料製造業でした。 当時はウェアにブランドを付けることが一般的ではなく、スポーツクラブから発注されたカミュゼのウェアにもブランドマークは付けていませんでした。 やがてカミュゼ社のウェアはクオリティの高さで徐々にファンを増やし、1948年にクオリティの証として「鶏」のマークを付けました。 「鶏」はフランスの国鳥であり、古来フランス地方に移住を始めたガリア族の旗印が「戦う鶏」であった。つまりフランス人にとって神聖なシンボルとして特別な意味を持っているため、さまざまなスポーツのナショナルチームがシンボルマークとして「鶏」を採用していました。 そうしてルコックブランドは「鶏」マークとともにスポーツシーンに浸透。 ツール・ド・フランスやオリンピック、サッカーワールドカップ、テニス4大大会など、その活躍の場を広げていきました。 日本では1981年春より本格スタート。現在サッカー、テニス、ゴルフ、スポーツライフスタイルのウェアおよびシューズ、バッグ等アクセサリー類の展開を行っています。
- LOTTO(ロット)
- イタリアのロットスポーツイタリアS.P.A。イタリアセリエAの強豪ユベントスをサポートしているのはあまりにも有名。日本では兼松繊維株式会社がの日本総代理店。もともとはテニスシューズメーカーとして出発、その後サッカーのトップブランドとして活躍してきた。ロゴにあるLottoの文字に重なっている2つのひし形は、その2つのフィールドを表している。